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宇都宮地方裁判所 昭和44年(ワ)382号 判決 1973年1月31日

原告

益子正子

ほか三名

被告

日本火災海上保険株式会社

主文

一  被告は原告米川洋子、原告横堀カホルおよび原告益子幸子に対し各金六六万六、六六六円およびこれに対する昭和四二年八月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告益子正子の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告正子と被告との間においては、被告に生じた用の三分の一を原告正子の負担とし、その余は各自の負担とし、原告洋子、原告カホルおよび原告幸子と被告との間においては全部被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告益子正子に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四二年八月一四日以降、原告米川洋子、原告横堀カホル、原告益子幸子に対し各金六六万六、六六六円およびこれに対する昭和四二年八月一四日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一  訴外益子進(昭和二一年三月二五日生)は、昭和四二年八月一四日午前一一時一五分ごろ宇都宮市野沢町二番三号先道路において、普通乗用自動車(茨五す八三七三号)(以下「本件自動車」という)を運転し、助手席に訴外益子三郎を同乗させて日光方面より宇都宮方面に向け進行中、道路中央部分を越えて対向車両の進行帯に侵入して走行した過失により折から対向進来してきた訴外福田定雄運転の事業用大型乗用自動車と衝突し、よつて訴外三郎を胸部内臓破裂により即死せしめると共に、自己も頭蓋底骨折の傷害を負い同月一八日死亡するに至つた。

二  亡進は本件自動車を前所有者である訴外藍原耕一から昭和四二年五月買受けて所有し、自己のために運行の用に供していたものであるが、訴外藍原はこれにつき昭和四一年一一月一四日被告との間で自動車損害賠償保障法による責任保険契約(証明書番号第三六―〇九〇〇一五号)を締結し、本件事故はその保険契約期間中のものである。

三  <1>原告正子と訴外亡三郎とは婚姻の届出をした夫婦で、訴外亡進および原告洋子、原告カホル、原告幸子は両者間の嫡出子である。<2>原告らは三郎の死亡により、その相続人として、法定の相続分に応じて同人の財産上の権利義務一切を承継した。

四  訴外三郎は本件事故により得べかりし利益として金一五三万九、〇〇〇円を逸失し損害を受けた。すなわち、同人は明治四二年一二月一二日生れの健康な男子であつて、本件事故当時古河電気工業株式会社日光電気精銅所傭員として勤務し、死亡時五七才であつたから六五才までの八年間は、同会社に勤続し稼働できたはずである。そして当時の所得は年間金四四万一、九九五円であつたから、同人の生活費を年間金二四万円とみて、一年間の純所得は金二〇万一、九九五円となるので、これをホフマン式計算によつて年五分の中間利息を控除して事故当時の一時払額を算出すると金一五三万九、〇〇〇円となる。

五  原告正子は夫三郎の葬儀費用として金九万九、五二〇円の支出をしたが、これは本件事故により、原告正子が支出を余儀なくさせられ、よつて被つた損害である。

六  原告らは三郎の本件事故死により多大の精神的苦痛を被つた。その慰藉料額は原告正子金一〇〇万円、その余の原告らは各金五〇万円をもつて相当とする。

七  そうすると、原告らは進に対し合計金四一三万八、五二〇円の損害賠償請求権を取得した。その内訳は次のとおりである。

原告正子 金一六一万二、五二〇円

前示四につき相続分 五一万三、〇〇〇円

葬儀費用 九万九、五二〇円

慰藉料 一〇〇万円

その余の原告ら 各金八四万二、〇〇〇円

前示四につき相続分 各三四万二、〇〇〇円

慰藉料 各五〇万円

八  進は、原告らに対し右合計金四一三万八、五二〇円の損害賠償責任を負うに至つたので、原告らは、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第一六条第一項に基づき、被告に対し保険金三〇〇万円を、原告正子において金一〇〇万円、その余の原告らにおいて各金六六万六、六六六円の割合で分割し、それぞれにつき本件事故の日である昭和四二年八月一四日以降年五分の割合による遅延損害金を付して支払うよう求めるため本訴に及んだ。

と述べ、被告の主張に対し、

<1>進が三郎および原告正子間の長男で本件事故当時二一才で未婚であつた点は認めるが、本件自動車は進が自己資金で購入したものである、原告正子および三郎は進において自動車を欲しがつていたが、事故等をおそれて購入に極力反対していたものであつて、進はその反対を押し切つて購入したものである。三郎が購入資金を出してやるはずがない。家族中運転免許をもつていたのは進だけであり、本件自動車は進の専用として運行に供されていたものであつた。家族用に利用したことはなく、いわゆるフアミリーカーというものではない。<2>原告洋子および原告カホルはすでに他家に嫁しているものであつて、当時進らと共同生活をしていたものではない。原告らが被告に保険金の支払を求めること自体家族共同体を破壊するおそれは全くなく、かえつて共同体の目的にも沿うものであつて、権利濫用になるという筋合ではない。本件事故の原因は進の悪質な行為によつたものであるから、これにより原告らの円満な家族共同体は破壊された。また進は父母と同居していたとはいえ、社宅の関係で同居していたに過ぎず、すでに成人し独立して生活していたものであるから、これに対し原告らが慰藉料請求権を有するとしても毫も差障りはない。<3>進は事故当時未婚ではあつたが、特に親しくしていた女友達の訴外佐藤敏子を同伴して出掛けたもので、三郎はたまたま自分の用事で出掛けるに際し、同一方向であつたため進から勧誘されるままに同乗していたに過ぎず、好意同乗として進に責任がないとまではいえない。<4>三郎は即死であり、進はそれより四日後に死亡しているので、三郎が進を相続し、損害賠償債務を承継したということはあり得ない。したがつて右相続を前提として、三郎の進に対する損害賠償請求権が混同により消滅したというのは失当である。原告正子の被告に対する保険金請求権は三郎の事故死と同時に同原告において取得し、以後進の死亡による相続の如何によつては何らの影響も受けないものである。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、

請求原因に対する答弁および抗弁として、

請求原因一、二は認める。同三の<1>は認めるが、同三の<2>、同四ないし六は不知、同七および同八は争う。

<1>三郎は進とともに本件自動車を運行の用に供するものであり、自賠法第三条の他人に該当しない。本件自動車は所有名義は進になつていたが、進は三郎と原告正子間の長男で、事故当時二一才の未婚の若者であつて自動車を自ら購入できる程の収入はなく、本件自動車は三郎において資金を提供して家族の共同使用の目的のために購入したもので、いわゆるフアミリーカーである。<2>仮にそうではないとしても、本件の加害者進と被害者三郎および原告らは円満な親子姉弟妹の間柄にあり、今後もそれを維持継続する意思を存していたといえる。このように円満な家族構成体内特に親子共同生活体内においては不法行為は違法性を阻却され、損害賠償請求権は発生せず、又は権利の濫用として行使できないものである。仮に自賠責保険金の填補を受ける限度で親子間の損害賠償請求権を肯定するとしても、治療費等の現実出費に限られるべきで、それ以外に被害者の得べかりし利益又は慰藉料についてまで賠償請求権を肯認すべきではない。<3>本件はいわゆる好意同乗の典形である。すなわち本件事故は、進のセンターラインオーバーという行為に起因しているが、その運行の目的は三郎自身の書道の紙などを買いに行く目的も包含し、しかも三郎は進に頼んで助手席に同乗させてもらつたものであり、かつまた同乗中進の運転について十分注意をつくせたはずである。それにもかかわらず、進のセンターラインオーバーという運転を注意し得なかつたことは三郎にも大きな過失がある。斯くのごとき状況の場合に三郎に賠償請求権ありというのは不適当である。すくなくとも慰藉料請求権は発生しないというべきである。<4>原告らの本件請求は三郎の進に対する逸失利益、慰藉料、葬儀費用等固有の請求に引直されるところ、三郎が進に対する右損害賠償請求権を取得すると同時に、進の賠償債務を相続で負担することになるので、三郎の右損害賠償請求権は混同により消滅した。したがつて原告らの請求権も消滅している。仮に右主張が認められないとしても、進の相続人は原告正子であるから、少くとも原告正子の進に対する損害賠償請求権は混同によつて消滅した。したがつて被告に対する本訴請求は失当である。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

請求の原因一ないし三の<1>の事実および進が本件事故当時二一才の未婚の男性であつたことは当事者間に争いがない。

ところで、自賠責保険は責任保険であるから被保険者において被害者に対し損害賠償責任を負わない以上、保険給付ないし損害賠償額の支払がなされないことは、もとよりいうまでもない。しかして被告は本件では右賠償責任の発生がみられないから、被告には保険給付ないし損害賠償額支払の義務はない旨次のように主張するので、これらについて逐次判断を進める。

まず、被告は亡三郎につき自賠法第三条の「他人」性を否定し、本件自動車は進の所有名義であるが、三郎が資金を出して家族の共同使用のため購入してやつたもので、いわゆる「フアミリーカー」であつて、三郎は共同保有者であり、共同の運行供用者である旨主張するが、〔証拠略〕によると、本件自動車は、中古車で進が事故をおそれて反対する両親の反対意見を押し切つてもつぱら自己の資金(勤務先である訴外古河電気工業株式会社から支給される給料を貯めておいたもの)を出して、レジヤー用に金一五万円位で前所有者藍原耕一から買受けたものであつて、家族中には進以外に自動車の運転のできるものはおらず、常日ごろ進かレジヤーに友人等と乗り廻して利用していた以外には他の家族は乗ることもなく、ほとんど利用していなかつたこと、本件事故当日は、進が女友達と一緒に宇都宮に行くに当り、たまたま三郎も宇都宮に買物に行こうとしていたため、同乗させてもらつたに過ぎなかつたことが認められ、以上によると、本件自動車の保有者ないし運行供用者はもつぱら進であつて、三郎が共同保有者であるとか、共同の供用者であるとは認め難い。他に右認定をくつがえし、本件自動車がいわゆるフアミリーカーであつたという証拠はない。しかして自賠法第三条に「他人」とは運行供用者および運転者以外の者をいうと解せられるから三郎は右にいう「他人」に該当するといわなければならない。

また、被告は、訴外亡三郎は好意同乗者であるから進には自賠法第三条の賠償責任はない旨主張する。そして好意(無償)同乗者の同乗に至る経過および同乗後の言動等によつては、本来の運行目的にそわぬ運行中の同乗者の事故につき運行供用者の責任を全部ないし一部制限すべき場合があり得ると解せられるところ、本件において、被告は、三郎と進は親子であり、三郎は子の運転する車に頼んで同乗させてもらい自分自身の買物に行く途中で、しかも同乗中本件事故の原因である進のセンターラインオーバーという悪質運転を阻止できたのにしなかつた重大な過失があるから、その事故死につき進の責任は免除又は制限せられるべきである旨主張するのだが、右事由があるからといつて、ただちに進の責任が免除されるとはいえないし、かつまた進のなした瞬時のセンターラインオーバーという運転を同乗中の三郎において予め阻止できたはずであるとまでは認め難い。その他好意同乗の法理により進の責任を制限すべき何らの事由も認められないので結局被告の右主張は採用できない。

更に、被告は、円満な家族共同体内の事故であるから違法性を阻却し、被保険者たる進は賠償責任を負わないとか、原告らが進に賠償請求することは権利濫用になるとか、たとえ自賠責保険金の填補を受ける限度で親子間の損害賠償請求権を肯定するとしても、積極損害のみに限るべきで、逸失利益、慰藉料についてまでこれを認めるべきではないとかの主張を繰返しているけれども、円満な家族共同体内の事故であるということだけで、そのように解さなければならないというものではない、円満な親族だから、加害者を宥恕し、慰藉料等を請求しないことが多いとはいえ、本件の場合そうだとはいえないし、これを請求することが道義、人倫に反し、公序良俗に反し、権利濫用になるなどとは到底いえない、現に本件のように自賠責保険の填補を受けようとする限りにおいてはむしろその請求をすることが相当であり、また常識的でもある。以上、いずれの主張も当裁判所の肯認し得ないところである。

被告は、また原告らの本件請求は亡三郎の進にする固有の請求に引直されるとの前提のもとに、三郎は進に対する賠償請求権を取得すると同時に進の賠償債務を相続により負担することになるので、右請求権は混同により消滅した旨主張するけれども、右のような前提を立てること自体理解できないところであるのみならず、三郎の死亡は進より四日間も先行していることと当事者間に争いのないところであるから、三郎が進の賠償債務を相続により承継し負担するにつたものとはいかにしても納得できない。

〔証拠略〕によると、訴外三郎は明治四二年一二月一二日生れの健康な男子であつて、本件事故当時満五七才で古河電気工業株式会社日光電気精銅所傭員として勤務し(定年退職後再雇傭されたもの)材料検査の仕事を担当していたこと、同会社から年間金四四万一、九九五円(昭和四一年度)の給与を受けていたこと、定年後再雇傭であつても同人は少くともなお八年間引続き勤務し右仕事を担当し、右程度の給与を受け得たであろうことを推認することができる。この認定に反する証拠はない。また原告らは同人の生活費として年間金二四万円程度かゝつていた旨自認しているところであり、しかしてこれ以上の生活費を支出していたという何らの証拠もないので、同人が事故にあわなければなお八年間、同生活費を控除した年間金二〇万一、九九五円の純収入があつたであろうから、これをホフマン方式(複式)により年五分の中間利息を控除して事故当時の一時払額を算出すると金一三三万〇、八七〇円(円未満四捨五入)となる。

〔証拠略〕を総合すると、原告洋子、原告カホル、原告幸子は進の過失による事故とはいえ、父三郎を失い、格別経済的余裕があるわけでないのに残された老母の原告正子を扶養しなければならず、殊に原告幸子は婚期をひかえ、頼るべきところもなく原告らの悲しみは筆舌につくしがたいことが認められ、これらの事実その他諸般の事情によると慰藉料は原告洋子、原告カホル、原告幸子に対する場合各金五〇万円と認めるのが相当である。なお右証拠によると本件原告らおよび進は円満な親子姉弟妹であることが認められるけれども、円満な家族共同体ないし親族だからといつて自賠責保険金の給付を受ける限度においても慰藉料請求権が発生しないと解すべきいわれはない。

ところで、〔証拠略〕によると、原告ら四名および亡進において亡三郎の遺産を共同相続したことが認められるので、三郎の前示逸失利益につきこれを右相続人間において法定相続分に応じて分割すると、原告正子金四四万三、六二三円、その余の原告および亡進において各金二二万一、八一二円(円未満四捨五入)となる。したがつてそれぞれ右金額の賠償請求権を取得したことになるべきであるが、進は自ら賠償義務者であるから混同により、右請求権は消滅し、また原告正子は亡進の唯一人の相続人であり、進の死亡により、これまた自ら賠償義務を相続により承継し、負担するに至つたから、混同により右請求権は消滅したといわなければならない。原告正子は亡三郎の葬祭費を支出したことによる損害および精神的苦痛に対する賠償請求権を取得した旨主張しているけれども、同賠償請求権は前同様進の賠償義務を相続し混同により消滅してしまつたものといわなければならない。

そうだとすると、亡進したがつてその相続人原告正子は原告洋子、原告カホル、原告幸子に対し、各金七二万一、八一二円の賠償義務を負担していることに帰するので、被告は同原告ら三名に対し、自賠責保険金のうち各金七二万一、八一二円を支払うべき義務があるところ、同原告らは各金六六万六、六六六円の限度で支払請求をしているので、原告らの請求は、原告洋子、原告カホル、原告幸子らにおいてそれぞれ右金額およびこれに対する昭和四二年八月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、原告正子の請求は理由がないので棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項但書、第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三井喜彦)

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